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南船北馬inblog

【旧:南船北馬(HTML版)はこちら】
【南船北馬】:絶えず方々に旅行すること。昔、中国では、南部は川が多く船で、北部は陸地を馬で旅行したことからいう。そんなふうにしょっちゅう旅に出られたらどんなに楽しいことだろう…
by gdcl-nshb
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カテゴリ: ├ タイ旅第三夜( 14 )

宵心地酔心地
 地下鉄でひと駅、再びナイトバザールへ戻る。
 アリーナビアガーデンが今日の終着点である。結局のところ、適度なお色気の健全な店がオレにはお似合いなのだ。それだけが理由ではなく、ここにはドイツタイプやイギリスタイプのしっかりしたビールがある。タイに来てまでとも思うが、ピルスナーはそんなに好きではないので、せっかく濃いビールが飲めるのならばそれに越したことはない。

d0081682_15494530.jpg 昨晩同様に舞台では、バンドが陽気なダンスナンバーを演奏している。そのキャッチーでどこか懐かしいメロディが妙に心地よい。そのときは知らなかったが、その曲はタイのハニカミ王子こと、アイス・サランユーの大ヒット曲「恋ナンジャナイ?」であった。今でも耳に残っている。

d0081682_1550624.jpg 音楽ひたりながら、日本では真冬のはずのその日、バンコクの夜空の下、半そで男のオレはは、チキンローストをつまみにビールを飲む。
 思い返せば、今回はかなりの弾丸旅行だった。3泊4日とは名ばかりで、実質の行動日数は正味2日。だからまだ観たい場所も山のようにあったが、しかし、今は非常に充実していた。限られた時間を、限られた時間だからこそ堪能した。そう思う。おそらく日本に帰れば、またすぐに旅心と今回残念した様々な想いがオレを旅心を動き出すに違いない。それでも今は非常に満足だ。タイは最高だった。

 それにしてもいくら気持ちがいいからといって3パイントは飲みすぎだろう。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 14:00 |  ├ タイ旅第三夜
1本でもハッポン
 さて、ここでいったんナイトバザールから離れる。地下鉄で一駅、歩いても数十分の位置にある、あの有名なハッポン通りに行ってみるためだ。
 まあ、そこに行くことだけが目的ではなく、遅くまで開店しているらしい地元のデパートで、地元ならではの土産を探すためなのだが、ハッポン通りが近くにあるというのであれば、ついでにタイの歓楽街を眺めてみようと思うのは自然な流れだろう。

 20分ほど歩いて到着。目的にデパート、ロビンソンはすぐに見つかった。というか、スーパーマーケットがあるなと思ってはいったらそこが目的のデパートだっただけだが。
 なにを買おうとしていたかと云うと、土産用の食材と酒である。メコンウイスキーであるとか、例のマンゴスチン焼酎であるとか、そういう地元の酒を買おうと思っていたのだ。が、結局のところ発見できず買えずじまい。酒に関しては帰り際にホテル近所のコンビニでタイの醸造酒を買った。
 結局、ここではトムヤムクンの素とかカレーの素とか土産にちょうどよさそうな簡単食材系を大量購入した。
 とりあえず、対外的な土産も買えたので、あとはお楽しみの時間、ハッポン通りに突入である。思ったよりもハッポン通りまでは時間がかかる。距離があるという程でもないが、とにかくそんなに広くもない歩道の両脇に露店が所狭しと立ち並びんでいる。そこを行き交う人込みのせいで、なかなか前に進めないのだ。まあオレも露店ひやかしは嫌いではないので、ダラダラと流れのままに進むことにする。
d0081682_1534624.jpg 露店では怪しげなCDやTシャツなどを売っている。これはいわゆるナイトマーケットだな。しかもオレ好みのアジアの混沌を凝縮した。当然、ワクワク気持ちもハイになる。目的地が近づくにつれ、混雑はいや増すのであった。もはやのんびり露店をみるどころではない。財布まわりを気にするのが精一杯だ。

d0081682_1534215.jpg ようやくハッポン通りに到着する。
 おお、ここは。
 それまでの露店は単なる前ふりでしかなかった。そこに広がっているのはバージョンアップした露店が建ち並ぶ路地であった。香港の男人街を、そして台北の夜市を、思い出させる光景。楽しいじゃないか。
 ただ、違うのは路地の両脇に並ぶ店が酒を飲ませる店、いや有体にいえばゴーゴーバーだということ。話にはきいていたが、これはすごい。入口の呼びこみの声も高らかに、しかしその声をかき消さんとばかりに流れ出てくる店内からのビートのきいた音楽。外からチラ見するだけで店内の異様な盛り上がりが見てとれる。
d0081682_15343514.jpg もちろんそれにつられてはいっていく気などない。勇気も度胸もない。元々、ゴーゴーバーで楽しもうというような覚悟などなく、単なる物見遊山として外からのぞいてやろう、それくらいで結構。というデバガメ的魂胆で立ち寄っただけなのだ。
 前回の扉から見える店内は、超ビキニのおねーさん(おねにーさんかもしれないが)がくねくねと踊っている。おお、やはり本当だったのか。オレはそれを確認できただけで満足だ。モノの本によれば、実際にはよからぬ事を考えていなければそんなに恐ろしいはめにはならないらしい(真偽の程は判らないが)。あるいは毒を食らわば皿までとばかりに外から見えない店はもっと冥府魔道の狂乱らしく、そんな煩悩欲望のサバトを見てみたいとちらっと思ったりもするが、それはさすがに無理、無理である。意気地なしのオレには羽目をはずす事などできないのだ。
 というわけで夜の体験学習は遠目の見学に終始したのであった。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 13:00 |  ├ タイ旅第三夜
夜はまだまだ続き人形は舞い踊る
d0081682_15284144.jpg さて、自由がやってきた。時間は19時。旅の夜はまだまだ長いのだ。目指すものは昨日挫折した人形劇である。見たいものとしてのムエタイと天秤にかけて、アクセスしやすいほうを選んでみた。
 昨晩と同じナイトバザールへの道のりでシアターに到着し、まずはレセプションコーナーに行き、席を押さえる。ではあるが全然混んでおらず、正直拍子抜けというか、予想どおりというか、とにかく2〜300席くらいはあるだろう場内で観客は2、3割くらい。これはさすがにさびしい。日曜日という曜日の関係で観光客も地元の人も少ないのかもしれないが。
 場内までのエントランスでは人形使い師たちが人形とともにお出迎えをしてくれる。ようこそ、とばかりに握手をし、花飾りを手渡される。ちょっと嬉しい。なので、めったにしない記念写真をお願いして人形と2ショットを撮ってもらった。あ、もちろん人形使い師も写っているのだけれど、それはいないという見立てである。

 十数分ほど待っていよいよ開幕である。
 まずは映画で人形劇が廃れ、そして再興した事を簡単が紹介される。なるほど判りやすい。
 そして続いて、ハヌマーンが登場するのだが、まずは影絵人形による演技があり、それに続いて人間による演技、そして最後にあやつり人形が登場する。皆、同じキャラクターであり、それぞれが(多分)同じシーンを演じている。ようするに同じことをやるにしても表現者によって表現の仕方も違うという、当り前かも知れないがなかなか実感できないことが、素直に頭の中に入ってきた。非常に興味深い。面白い。

 さて、いよいよ本当に劇の始まりである。二人の神や英雄、魔人が入り乱れての神話物語が語られていく。ヒンドゥー系神話については、まったく知らないというわけではない。とはいうものの実のところ、あまり判ったとは云いがたかった。科白が理解できないということが一番の原因で、そのフォローとしてある舞台脇の英語字幕も表示が早すぎて(というよりもオレの読解速度が遅すぎるのだ)役には立たず。これはオレのせいか。

 責任転嫁するわけでもないが、アジア神話って理路整然とした時間の流れとは微妙に異なっていたり、登場する人物たちの思考や感情もいまひとつ統一されていなかったりして、といった物語であるために、なにがどうなっているのか判らない。また演技(操作)自体もときに洋式美という名の暗黙の共通言語である場面も多く、事前の知識なしにはなかなか理解しにくい。それでもなんとなく想像で判らない点を空想補完し、これは月と太陽がケンカする話なのだろうと判った気にはなってみたが、もしかすると思いきり違うストーリーであったかもしれない。

 そんなわけで物語に対しては、いまひとつ乗りきれないところもなきにしもあらずではあったが、しかし、3人の人形使いによって操られる人形の演技自体は、なめらかで実に美しかった。プロだから当然といえばそうなのかもしれないが、とてもあやつり棒で動かしているとは思えない。
 さらに、この人形劇はけして人形だけが演ずるショーではなく、人形の演技にときに人間の役者も入り乱れて、また影絵も自在に活用して舞台を作り上げていくのである。ダイナミックに、そして変幻自在に描かれていく。実のところオレは、普通に人形だけで物語をつむぐものと思っていたので、このような自由度は面白いと思った。そして冒頭の三者三様の演じ分けが単なるレクチャーだけではないことにようやく気づき、上手く構成されていることに感心したのであった。クライマックス(?)の大蛇との戦いの場面などは、舞台全体を使っての様式的表現でありつつの活劇に迫力を感じた。
 というわけで、その演技表現そのものが楽しめたこともあって、まあ話はなんとなく想像できればいいかな? という気もし、とりあえず観ておいてよかったなとは思うのであった。

 もっともそんな斬新さも、CG、というほど凝ってはいないがそれなりのVFXによる効果映像をスクリーンに投射して爆発や星の散らばりを表現するのは、人形劇の舞台としてはちょっとやりすぎかな。とも思った。伝統芸能としての人形劇の醸し出す素朴さをハイテクで装備してもなぁ、ちょっと興醒めするなぁ、逆に陳腐にも見えるしなぁ、という感覚からそう思ったわけだが、それもまた人形劇というものにヘンに幻想を抱きすぎなのかもしれない。とも思う。

 幕間に、ハヌマーンとお姫様の物語が挿入されるのだが、これが観客いじりのコーナーとなっていたのにはびっくりした。お姫様が客席に下りてきて全員にキスをしてまわったり、ハヌマーンがいたずらをしてまわったりするのである。動きの滑らかさもあって人形使いが動かしていることを忘れて人形がキスすることにドキドキしてしまうのは、オレだけではなかったはずだ。
 それにしても、これまた伝統芸能としてみせるためにもっと客と役者(人形)とは完全に切り離された別個の立ち位置になっているのかと思いきや、演芸よろしく客に関わってくる。つまりより泥臭い(?)エンタテイメントとしてこの劇があるということで、そもそも娯楽であるはずの劇からすればそれも当然なのかもしれない。
 ハヌマーンのいたずらは本当に奔放でお客の荷物を奪い去って舞台におきっぱなしにするとかやりたい放題。どうやらハヌマーンはそれを取りにに来いとお客に対してさんざんアピールするのだけれど、当の客はそれに気づかないようで、ハヌマーンはちょっとがっかりした様子でフォローしていた。おかげで「そこはのるところだろ」と観ているこちらがハラハライライラしてしまった。

 そんなこんなのいろいろと興味深い1時間が過ぎ、幕が下りる。人形と人間に見送られながら劇場を後にするのであった。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 12:00 |  ├ タイ旅第三夜
トム・ヤム・クン!
 さて、夕食は、トムヤムクン。だそうだ。バイキング形式でのアラカルトばかりできちんとテーブルに落ち着いて料理を食べることができるのは、気分的にありがたい。連れて行かれた店は、土産店やカフェ、バーカウンター、生簀料理的海鮮レストランなどがさほどに広くない敷地に渾然一体となって建てられているシーロムビレッジ。全体的に木造で、オレの記憶の中から類型を探すと、バリのワルンに似た感じだ。そして実にオレ好みのつくりなのであった。ようするにアジアンテイストというか。いや、実際、アジアにいるのだけれど、バンコクは基本的に都会であって、このようなリゾートっぽい感じの場所ではなく、そういう見かたからすればこの店は明らかに観光客ねらいの店ではあるのだけれど、でも、それにまんまとのっちゃてもいいじゃん。だって観光客だもの。
d0081682_1523251.jpg ともあれ。ようやくホテルではないレストラン、バイキングではないレストラン。ありがたいことである。
 とそのときは思ったのだが、日本に戻り調べてみるとシーロムビレッジには宿泊もできる複合施設で、つまり大雑把にくくればまたもホテルだった。とはいいつつ別にそれで感想が変わるというわけでもないので、それはそれでいい。ただ、ひとつ悔しいのはここではタイ舞踊ショーが開催されている場所だったこと。だったらツアーメニューに組み込んでくれればいいのに。その点については残念だった。次回こそは、ということだ。

d0081682_15231511.jpg トムヤムクン。スープである。だから料理はそれだけで終わるわけではなく、主菜として、いろいろと楽しみな大皿料理が運ばれてくるのであった。野菜や海鮮、豚や牛、等々。一気に目の前に並べられる。中華料理のような濃い味付けの炒めものであるが、しかし味つけはやはりタイ風、エスニック風でもあり、実に旨そうである。そして実際に旨い。正直に云って今回のタイの旅の食事で一番旨かった。
 ただ、前日に引き続き全員が微妙に遠慮しながら食べるという状況で、皿に残る料理に手を伸ばしづらい雰囲気が充満しており完食することにはならなかったのだけれど、かなり満足である。

d0081682_15232888.jpg 惜しむらくはアルコールなしだったこと。味つけ的に、こりゃビールだよなぁ、と思うことはあった。実にあったのだ。しかし飲んだのは水。別に飲んでもよかったのだけれど、場にいる人がほとんど飲まないと(飲んでいたのは女性2人組のみ)、別にたまたま同じツアーであるというだけの他人同士であっても、なんとなく発注する気にはならないのだ。
 それともうひとつ。確かにここで飲むのもいいのだけれど、どうせ飲むなら瓶ビールなどではなく、もっとちゃんとした(?)ビールを、しかるべき場所と時間で飲むほうが絶対に楽しい。と決めていたこともあって、あえてここで所望しなくてもいいかな、という煮え切らない気持ちもあったわけだ。
 などとエクスキューズを重ねてみたが、まあその場の雰囲気でなんとなく飲まなかっただけである。

 とはいうものの、別に場が静かだったわけでもなく、それなりに会話は弾み、盛り上がりもあったのである。その中でも一番のネタは、店の給仕が勝又州和に似ており、それに全員が食いついたことだろうか。オレは一歩引いてしまっていたが、学生陣はそのネタだけで大爆笑である。若いって素晴らしい。

 そんなこんなの夕食は終わり。送迎バスでホテルに戻って一同解散。ツアーのメニューも完全終了で、ガイドさんともお別れである。2日間ありがとう。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 11:00 |  ├ タイ旅第三夜
ヘイ! タクシー!
 帰りもまたタクシーとなるわけだが、これがまたひと仕事となってしまった。



 まず、タクシーがあまり通らないのだ。ワット・ポーという観光地なのに。おそらく、本来の客がたまるところとは違う口から出て、大通りに行ったせいだろうが、それにしても、大通りなのに、そして車の量自体は多いのに、タクシーはなかなか通らない。それが第一の失敗である。



 5分ぐらい待ち、ようやく1台を捕まえる。が、ホテルの名前を云ってもどうも理解してもらえないのだ。ホテルの近くに電車の中央駅があるので、そちらも云ってみるが伝わらない。どうやらオレの発音が悪いということらしいが、それはどうしようもないではないか。うーん、これは困った。しかも、手に持っている地図で「ここだ」と示してみるのだが、あいにく地図には日本語と英語による表記しかなく、運ちゃんは「読めない。判らない」と身振りでいう。

 呼び止めたのが、交差点脇だったので車を少し移動し、車内で、ああでもないこうでもないと相談するのだが、結局、判らない。という結論に達し、これはしかたないね、じゃあゴメン。というわけで車を下りる。まったく時間のロスである。これが第二の失敗。



 数分後、続いて、捕まえることができたタクシーの運転手は今度はなんかえらく調子のいいおっちゃん。「判った判った、ダイジョウブダイジョウブ」てな感じの安請け合いっぽい反応で、ホテルの名前もきちんと伝わっているのかどうか、なかなか判らない。「問題ないよ」と云ってはいるが、こっちは本当に大丈夫かいなと思い、気が気じゃない。まあ、いざとなれば、どこかの地下鉄の駅で降りて移動するしかないか。と思いながら、運を天に、つまり運転手に任せることにする。「二度ある事は三度ある」とはよく云うが、ここは逆に「三度目の正直」の言葉のほうに賭けてみるのだ。



 走り出すのはいいが、どうも方角的に合っているようでいないような方向に進むのが不安。「大丈夫なの?」と何度も確認するが、「平気平気」と気前のいい返事ばかりなりである。

 ちなみにオレは日本語で云っているのできちんと伝わっているはずもなく、相手もタイ語で応えてるので、ニュアンスでの会話なのだが、多分、お互いなんとなく雰囲気で理解しあっているのだろう。けっこう話好きのおっちゃんのようで、道中、あのビルがどうのこうのとか英語交じりのタイ語で話しかけてくる。オレも知っている言葉を総動員しつつ、どこかちぐはぐな会話を続けるのであった。



 途中、いきなりガソリンを入れるためにスタンドに寄ったのにはさすがに驚いた。「時間がないっちゅーねん」と思いつつ、「これでヒトネタ増えた、ラッキー」と思うオレであった。そうこうしているうちに、見慣れた、というか、先ほどバスで通った道に出た。どうやら運転手は行き先を勘違いはしていなかったらしい。繁華街の渋滞を迂回して流れのいい道路を選んで走ってくれていたようだ。

 疑ってすまない。ありがとう、おっちゃん。

 そんな気持ちで時間ぎりぎりにホテルに到着する。結果オーライ、2時間弱のささやかな冒険であった(というほど大袈裟なもんでもないか)。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 10:00 |  ├ タイ旅第三夜
フリータイムは寝釈迦
 以上これにて、本日の観光ツアーは終了。あとは夕食を残すだけである。が、その時間までは2時間ほどの間があり、つまりは自由時間なのであった。
 そこでオレは、やはりバンコクに来たらこれは超定番であるがツアーでは行かなかったワット・ポーへ行くことにした。
 昨日、アユタヤの休憩時間にガイドさんと世間話をしたのだが、今はツアーではあえてワット・ポーには行かないのだそうだ。というのも、あまりにも観光名所であるため、スリ万引き詐欺等々の犯罪が多すぎて、ツアー客をコントロールしきれないからだという。実際、今朝の観光コースだって、ワット・アルンとワット・プラケオの途中にワット・ポーはあり、コース順としては、そこでさくっと観光するのは時間的ロスもなく、まったくもって好都合だったはずなのだ。が、上述の事情によりツアーとしてはパスする。というわけだ。
 そういうことなら仕方がない。しかしオレは会いたい。ここはひとつ自己責任で、自力で行って観てこようじゃないの。というわけで、突貫で突入と相成るのであった。
 時間的には1時間半もあれば往復できるということで、若干の時間の余裕はホテル近所の寺院も観てしまおうじゃないのという欲をかいた脳内計画ではあったが、結果的には渋滞やらなんやらで行って帰るだけで精一杯。まあ、自分が寝釈迦仏に夢中になりすぎているということもあったのろうが。

 表通りに出ると、ホテル前にちょうどタクシーが止まったので、これ幸いと乗り込みワット・ポーへ向かう。
 ガイドさんは「週末なので道路も込んでいないですよ」と云っていたが、現実はけっこう動かないのである。交差点や三叉路合流などなど、車の流れが淀む箇所がいくつかあってのことらしい。オレとしては、こりゃあ渋滞というものではないの? と思うのだが、タクシーの運ちゃん曰く、それでもいい流れなのだそうだ。なら平日はどんなよ? と思う。
 と、云いつつも20分ほど走るとなんとなく見慣れた風景が出現する。これは午前中になんとなく見たような場所。というところでワット・ポーに到着であった。タクシーを下り、寺院の入口を探す。タクシーを降りた場所が午前中に通過した場所とは違っているため、全体の雰囲気は見知った感じだが、さりとて入口を探すとなると、はてどこでしょう? という感じである。はてさて右に出るべきか左へ進むべきかと、若干、逡巡していると、たむろしているオヤジがこっちだと手招きしつつ、しかし、「ワット・ポーはもう閉まったよ」と云う。なんと。確かにまわりにはいかにも観光客らしき人達はいないし、ここは終了時間が早いのか? 失敗したか? などとは思わなかった。事前に読んでいたガイドブックに「ワット・ポーには『今日はやっていないが、いいところに連れて行ってやる』と声をかけてくる詐欺がいます」と書いてあったのだ。しめしめ、早速現れたわい、と逆に嬉しくなってしまうオレであった。ともあれ、そんなオヤジをやり過ごして先に進む。確かにワット・ポーの入口は判りにくい場所にあったが、門が開いていたのでとにかくずんずんと進んで行く。と、当然、寺院に到着するのであった。裏手から入ったので人も少ないのは当然。本堂のまわりには世界各地から君達どんだけ仏陀が好きなんだよ。という感じで観光客の坩堝と化していた。

d0081682_15101612.jpg この寺の見所は、巨大黄金寝仏。それのみ。
 といっても過言ではない。それほどにインパクトがあるのだ。
d0081682_15103078.jpg 本堂に突入する。と、いきなり目の前にびっかびかの仏陀の顔があった。そして横に長いお堂の端まで、延々と仏の身体が伸びている。とんでもないパースペクティブである。とにかくあまりにも巨大で、かつ堂内すべてを使いきって寝ているので、全身をカメラに収めることなどできはしない。とにかく嘗めまわすように観るしかないのであった。あまりの大きさに圧倒されてしまったが、しかしその顔つきの穏やかさが、やさしく観る者を包み込む。それゆえ、圧倒はされつつも圧迫はされない、のかもしれない。d0081682_15104552.jpg

d0081682_15105971.jpg 足裏を眺めつつ、背中側にまわる。例によって(?)、108つの煩悩を取り払う賽銭皿があり、訪れた者ほぼ全員がそれにトライしている。本来のオレならば真っ先に参加するところなのだが、今回は時間が限られていたので、ゆっくり列に並んでしまったら戻れないなと思い、ここはスルーさせていただいた。が、その分、釈迦観を2周してしまったので結果的には同じだったかもしれない。d0081682_15111234.jpg

d0081682_15112627.jpg ワット・ポーには古式マッサージの伝道、総本山ともいうべき学院がある。となれば物見遊山好きで本場モノ縁起モノ好きな、つまり物好きなオレとしては、行かずばなるまい。と普段なら云うのであるが、しかし、上述のとおり時間がない。そしてそれ以上に気になったのは、ガイドさん情報で「ワット・ポーのマッサージは、よだれなどでマッドがドロドロになっていて気持ちが悪くなりますよ」にびびりパスすることにした。

d0081682_15114167.jpg そのかわりといってはなんだが、この寺院は観光色が強いようで比較的大きな土産屋があった。もちろんオレの物欲は再起動をはじめる。時間がないんだけどなぁ、と独り言を云いつつ、仏グッズ、つまりブッズの物色を行うのであった。ブツに出会えて多分にやけていた。我ながら困ったものである。絵はがきを買い、その他後ろ髪は引かれつつ、これ以上悩むと本当に時間に間に合わないので、宿に帰ることにする。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 09:00 |  ├ タイ旅第三夜
全身ぐにゃぐにゃ(一部除)マッサージ
 タイといえば古式マッサージである。午後イチのイベントはこれだ。ホテルシャングリラ内にあるマッサージ店がツアーに組み込まれており、1時間の施術を受けることになる。本来ならば古式マッサージは2時間くらいが標準であるらしいが、古式デビューのお試しには1時間という長さはちょうどいいのかもしれない。

 店の入口は何気に高級そうな雰囲気を醸し出しており、もし一人で来たなら臆してしかったかもしれない。そういう意味でもツアーにはツアーのメリットがあるように思う。



 ともあれ入店する。店内には時間帯のせいかなんなのかは判らないが、他に客もほとんどおらず、待ち時間もない。もっともこれは予約していたせいだろう。



 ひとりひとりに施術師がつき、まずは薬湯(?)で足を洗うところからスタートする。オレの担当は、ツアーご一行様にはりついた担当の中では一番若めの、いや、かなり若い人。20才くらいか。あるいはもっと若いのか。はっきりいってよく判らないのだけれど、それはまあどうでもよくて、むしろ注目すべきは某アイドルグループの童顔の某嬢(ワット・アルンのレリーフの彼女だ)にどことなく似ていること。そしてオレはその某嬢に対して何気にファンだったりするのだ。うーん、これは嬉しい誤算というべきか。



 足を洗い終わると、全員別室に連れて行かれる。20畳くらいの部屋にはマットがビシリと敷きつめられており、マットごとにパジャマが置かれている。いかにもこれから施術しますという感じである。

 早速「パジャマに着替えてください」と云う指示があり、一同、戸惑いつつ、恥らいつつ着替える。若者グループは、「全部脱ぐのかなぁ」とか「Tシャツはどうするのよ」とか、右往左往している。それを横目で見ながらオレはといえば、内心では同じようなうろたえっぷりだったのだが、そんなことは表に出さず、黙々とパンツだけ残してさっさと着替えるのであった。なにかの本で読んだのだが、タイ古式マッサージでは、けしてセクシャルな店だとかは関係なく、全裸で施術を受けるのが基本。だったりするそうなのだが、まあここは個室でもないし、さすがに全裸には恥じらいもあって、パンツくらいだろうと判断したのだが、結果的にはたぶんTシャツくらいは着ていても、ぜんぜん影響も何もなかったのではなかろうか。あえて脱ぐ必要もないし、逆に着ていなければならないというものでもない、というところだろう。



 さていよいよ施術開始。オレのタイ古式マッサージデビューである。まずは仰向けになって、足からゆっくりと揉み解されていく。痛いというほどでもない、くすぐったいと痛いの中間くらいの、いわゆる痛気持ちいいというところだろうか。時折、ツボにグボッと指が入り込んで「痛ッ」っとなるが、中国式のこれでもかという責苦ほどではない。うーん、タイ式心地よし。



 と思っていたら、足先からだんだんと上ってくるのであった。腿から股へ。局所的な攻撃をするというわけでけしてないのだけれど、股間あたりのリンパマッサージになると、これはいけない。くすぐったいというか、やばいというか、意識していなくても大金時様がイケナイ状態になりそうな感じがあって、いたたまれない。それはオレだけではなく、一同全員がそうだったようだ。全員皆ぞわぞわと声をあげる。

 繰り返すが、ここはごく普通の古式マッサージの店で、そういう意図でのマッサージではないのだけれど、そしてこちらもそんなことを望んでいるわけじゃあないのだけれど、しかし身体はそんな心の葛藤と羞恥にはお構いなしに、物理的刺激で図らずも反応してしまうのである。ああ。



 そんなオトコゴコロに気づいているのかいないのか、施術師の皆さんもなぜかフフフと笑いあうのである。勝手な想像としては「この人達、案の定、反応してるわん、オホホ」という感じだろうか。学生さん達はそんなわけで、かなり気持ちよくも嫌そうな雰囲気で「もうやめてー」みたいな感じだったようだ。

 オレはといえば、そんなナイーブなお年頃というわけでもない。ここはひとつ親父的リアクションで「どーせ、誰でもそういうふうになっちゃうんだろうし、施術の人も状況慣れしちゃってるだろうし、いまさら照れてもしょーがねーじゃん。なるようになれ、だ」となかば諦めにも似たされるがままの対応である。恥ずかしいといえば、そうなっちゃってる状況をまわりの男連中に知られてしまうことへの照れだが、それは全員そういう状況だったので相身互い。まあ、ここであえて語るなら「こんな汚い大人でゴメン、ガキさん(あ、名前出しちゃった)」といったところである。



 そうこうしているうちに今度はうつ伏せに裏返され、さらに海老反り、チキンロック、さらにひっくり返されて、今度は吊下げ、とプロレスのサブミッションかと思わせるような技を掛けられまくり全身の筋肉をほぐされていく。



 そんなこんなの1時間。心地よい脱力感と精神的疲労でぐったりとなり、店を後にするのであった。でもマッサージとしてはかなりよかった。恥ずかしささえ克服できたなら、だけど。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 08:00 |  ├ タイ旅第三夜
昼食は本日もバイキング。
d0081682_14583420.jpg ホテルが違えばメニューも違う。これはあたりまえか。
 ともあれ、今日のランチもバイキングである。どうもオレは事あるごとにバイキングにげんなりしているのだが、しかし料理というものはちまちまつくるよりも大量に作ったほうが美味しくなるはずなのだ。この真実はそれなりに常識の範疇だろう。であるならば、バイキング形式というのはその最たる手法であるはずなのである。ならば、なんでホテルのバイキングはあんなにさえないのか。
 という問題を掘り下げるとキリがない気がするので、このバイキングに関してだけ述べるが、実はけっこう「あたり」なのであった。まあ空腹というソースのおかげもあってのことなのかもしれないが、肉料理に魚料理、野菜料理もあっさりにこってり、さまざまな味覚のバリエーションで楽しませてくれたのだった。オレが一番気に入ったのは牛の甘露煮だったが、これは甘しょっぱい味付けが食べ慣れている日本的だったせいだろうか。オレは、パクチーとかそういうアジア風味が好きだし気持ちの上では食べ飽きてもいないのだけれど、無意識のうちにコンサバになっていたのだろうか。だとしたら、ちょっと自己嫌悪である。
 特によかったといえるのは麺。麺が美味しかった。確かに昨日のランチバイキングでも様々な麺が用意されていたが、どれも太さの違いで基本的にはフォーだった。しかし、今回はそれだけではなく、中華麺タイプや、うどんのようなものまであり、スープの味のバリエーションも多かったように思う。

 最後のデザートもけっこう凝っていて、なんのことはないケーキやプリンなのだが、アイスやフルーツやカスタードクリームなど、トッピング要素が充実しており、勝手にアラモードを作ることができる。もちろん作ってみた。美味かった。ただ、ちょっとランチを食べすぎたところがあって、女子達のようにキャーキャーいいながら食べるほどでもなかったが。プリンだけではなくケーキもけっこうな種類があったがこちらは全滅。食えません。いやぁ満腹恐るべし。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 07:00 |  ├ タイ旅第三夜
海外ツアーといえばつきものの時間
 ようやく、というか、案の定というか、海外ツアーには、お馴染み。そして耐久レース的時間がやってきた。みやげ物店まわりである。

 もちろん、買う気があってのみやげ物屋なら時間のたつのも早いというものだが、あいにくオレはツアーで連れて行かれるような店で欲しいブツに出会った事がない。というわけで、大人の態度としてとりあえずひととおり見はするものの、まあそれだけである。



 今回は2軒の店をまわった。1軒目は宝飾品の店。入店前にタイが宝石の有数の産地であるところ描いた5分程度の映画を見せられる。それはそうなのだろう。しかし、それなりに買う気のある客ならばともかく、全然その気のないオレは、あおり文句につられて勢いで買うようなことはない。結局、さらっと店内をひとまわりしてバスに戻ってしまった。性質の悪いツアー客ではある。



 続いてはこれも定番のデューティーフリーショップ。だが、もちろん。なのかどうかは判らないが、ここでもオレはなにも買わないのである。まあ買ってもよかったのだろうけれど、いまひとつ物欲を刺激しないのだからしかたがない。あえて、というのなら、錫製品を買うべきなのだろうけれど、なんとなく気乗りがせず結局見るだけに終始してしまった。別にお高めな商品にケチゴコロが働いたせいではない。これぞというものがなかったせい。

 旅とは関係ないのだけれど、日本に戻ってきて後、まったく関係なくふらっと骨董品店にいった際に、大正時代の錫製の銚子をみつけ、一目で気に入って買ってしまった。結局、ブツとの出会いは安いとか高いとかではなく、気に入ったかどうかなんだということを再認識した次第である。



 ま、錫製品、もっといってしまえば錫酒器には、けっこう物欲食指は伸びているので、次回、タイに出向いたときには錫製品の専門店に行ってみるというのもよいかなぁ、とそれなりに真剣に考えているのであった。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 06:00 |  ├ タイ旅第三夜
西洋風東洋風
d0081682_14483431.jpg 境内を出ると、そこは執務としての王の城である。
 一見すると西洋風の宮殿なのである。しかしよくよく全体を見渡すとやはりタイならでは、というか、文化的ミックスがあからさまに表現されているのである。建物の下層部は普通に英国風西洋風の宮殿のつくり。しかし上層部にいくにつれてタイ風東洋風という面白い構造なのである。
d0081682_14485069.jpg 前庭も西洋の宮殿をモチーフとしたような庭園なのだが、芝生に置いてある植木鉢の植え込みは、動物の形に刈り込まれた植木となっていた。特に庭園入口にあるものは、ガルーダを模しており、これは宮殿の守護のためということなのだろうか。

d0081682_1449388.jpg 宮殿の入口にはこの国の象徴である象の彫像が並んでいる。そこを抜けて宮殿に入るための階段の前には、微動だにしない近衛兵が警護している。その近衛兵からくるイメージのせいもあるのだろうが、この宮殿、同じ西洋風でも、昨日のアユタヤのようなフランス的な形式ではなく、イギリス風の雰囲気があるように、勝手にだが思えた。

d0081682_14491893.jpg このような西洋的雰囲気は、ワット・プラケオだけではなく、周辺の街並み自体にあった。全体的にコロニアル風のつくりになっており、これは往時の街並みということなのだろう。
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by gdcl-nshb | 2007-02-04 05:00 |  ├ タイ旅第三夜