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南船北馬inblog

【旧:南船北馬(HTML版)はこちら】
【南船北馬】:絶えず方々に旅行すること。昔、中国では、南部は川が多く船で、北部は陸地を馬で旅行したことからいう。そんなふうにしょっちゅう旅に出られたらどんなに楽しいことだろう…
by gdcl-nshb
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カテゴリ: ├ 人が造りしモノ( 9 )

小腹が空いたらおやつの時間
 第2昼食である。昼に蕎麦一枚という小食ですませたのは実はおやつにもう一回蕎麦をたぐってやろうという目論見があったからである。昨晩、現地で手に入れたガイドパンフレットに掲載されていた、なんかピンとくる蕎麦屋がマルスウィスキー工場の近くにありそこにいってみようということなのであった。
 しかし結果は挫折。苔清庵というその店は門構えも質素な中に美味そうな蕎麦を出す雰囲気を持っていた。場所的にちょっと観光客ルートから外れているので大丈夫なんじゃないかなぁ、と思っていたのだけれど、嫌な予感のほうが当たってしまい、蕎麦売り切れにつき本日閉店だったのだ。
 がっかり。オレのさかりのついた小腹はすでに収まりがつかなくなっている。で、中央アルプスバス停そばの蕎麦屋に行ってみたがここも品切れ閉店だった。まあこの店に入るつもりはなかったのだが、やはり中央アルプスはピークをむかえているということなのか、訪れる客の絶対数が違うということのなのだろうか。

 そんなときに思い出したのが光善寺から少し離れたところにあった蕎麦屋の看板であった。道路の片隅に立てられたいかにもちんまりとした看板で、実に目立たない。しかしなんか知らないが、なんとなくオレの気を引くよさそうな感じが漂っていて昨日から気になっていたのだ。そうだそうだ、そこに行ってみるか。入口をみてダメなら今日は諦めればいいさ。と、いうわけで、車を走らせる。
 とりあえず開店中。第一関門突破である。店の様子は、蕎麦屋というよりも喫茶店っぽいか。まあそれなりに悪くはない。第2関門突破である。というわけで、店内に入ってみる。山のロッジ風の店内は小ぎれいで気持ちがいい。これはアタリかもしれない。客がひとりもいないのが気になるが、時間がずれていたし、観光客ルートからも遠いのでフラッと訪れにくいので、それもしかたあるまい。不安というよりは居たたまれなさがこそばゆい。
d0081682_1717211.jpg メニューをみる。蕎麦の産地別に打ちかたを変えて提供している。地の蕎麦にこだわりが感じられる。これは期待大かも。本気の昼食ならば全種類(といっても2種類だが)いってしまうところだが、今はあくまでも小腹を抑えるおやつの時間。というわけで、これまた地モノの辛み大根を使ったおろし蕎麦を注文する。つけ蕎麦ではなくぶっかけ蕎麦だった。蕎麦の上に鰹節がかけられていて、個人的にはこれは不要かなと思ったが、蕎麦全体としては美味い。本当に美味い。この店に来て大正解だった。
 夜には蕎麦づくしのコースもやっているそうだ。ちょっと気になる。しかしどうやって夜にここまで来ればいいのだろうか。

 今回の旅のしめくくりは温泉である。昨日とは違う湯につかって、のんびりと旅を振り返る。天気にも恵まれ、それなりのハプニングにも見舞われ、いろいろあったが、いい旅だったなぁ。露天風呂からみえる中央アルプスは美しくそこにあった。

 そうしているうちに4時半、夕方が近くなってきていた。帰るとしよう。帰り際、高速道路のSAで、思い出したようにロー麺を食べた。これは小腹が云々というよりもクリア魂のせいで、これでソースカツ丼、蕎麦、ロー麺という伊那の3大名物料理は全部食べきったというわけだ。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 09:00 |  ├ 人が造りしモノ
心の薬、蒸留酒
d0081682_17135231.jpg 養命酒に続いて地元アルコールの第2弾。マルスウィスキーでお馴染みの本坊酒造の工場見学に行く。またまた試飲ができもしないことを承知での訪問で、自ら苦行の道を選んでいるとしかいいようがない。
 この工場では案内に人がつくこともなく場内に書かれた表示を頼りに自由に見学ルートを自分で見て回るのだった。大らかである。酒が人を大らかにさせるのだろうか。あるいは地方にはまだまだ人を信用しあう心が残っているのか。とそんな大袈裟な話でもないが、なんとものんびりしたものである事は確かだ。
 まずは、シェリーダル貯蔵庫である。庫内にはいくつもの樽が所狭しと置かれ、熟成を待っている。入ったとたん、プンと甘いような煙いようなアルコールの香が鼻をつく。嫌な感じではもちろんない。むしろ素敵。
 次の棟は蒸留棟らしく、ポットスティルなどが置いてあったが正直ただの機材なのでそんなに楽しいというものでなかった。というわけで次の棟へ移動する。
 地ビールエリアに到達である。ここでは5種類の地ビールが展開されていて、もし車でなければ確実に全種類を飲んでしまい、結果へべれけなダメ人間になるところである。が、もちろん車なのでみるだけでおしまい。先に店にいた見学者一行が全員でシェアしながら飲んでいるのをみてちょっとだけカチンときた。
d0081682_1714108.jpg 最後にウィスキー試飲コーナー。ここで見学コースはおしまいである。本当なら酒造見学ならば、試飲は外せないものなのだ。地ビールも地ウィスキーも堪能できるなんてなんて幸せなことだろうか。なのにお預け状態。眺めるだけ。せめても香りだけというわけで香りを嗅いでみると、軽やかな感じだが、どうなんだろう。ああ、げに恐ろしきは酒好きの待て命令であることよ。
 飲めない分、物欲で溜飲を下げる、というわけでもないのだが、ともかくもせっかく来たのだし、もちろんウィスキーを購入する。工場限定のシングルカスク、85、88、91の3種類がラインアップされてはいるのだが、あいにくこの日は91年しか残っていないのであった。品切れではなく、「まだ樽からビンに移しきれていないんですよ」とのこと。当然のことながら、年代が古いものほど値段も高い。値段を聞けば、91年で妥当なんじゃないかなぁと思える価格であった。それに1991という数字の並びがいい。そういう語呂合わせ的な選択はけっこうよくあることで、オレとしては、91年モノでも全然かまわない。というかあえて91年を買ったかもしれない。いや買ったはずだ。
 もちろん、1本だけというのも味気ないので、もうひとつ何かを探してみる。と、ブランデーベースの梅酒があった。この地はワインの生産地でもあるし、梅もまた信州の梅ということで、地モノにこだわった逸品とみた。味は、梅よりもブランデーが強いらしい。それはそれで楽しみだ。というわけでこの2本を購入。飲めはしなかったが、けっこう満足な気分になった。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 08:00 |  ├ 人が造りしモノ
命の薬、養命酒
d0081682_1795456.jpg 養命酒工場である。おそらく誰もが知っているであろうその名である。もちろんオレも知っている。しかし、名前は知っていても、そして健康によい酒という大雑把な効能については知っていても、本当はなにも知らないのである。製法は? 来歴は? なにも知らないのだ。そんな養命酒についての謎を、ここ養命酒駒ヶ根工場は教えてくれるのだ。別に物見遊山な気持ちだけではなかったが、いや行って正解。いろいろわかってすごく勉強になった。
 実は工場は、まさに訪れたその日からお盆休みに入ってしまっていた。とりあえず見学受入れだけは行なわれており無駄足を踏む事はなかったのだが、少々ガッカリしたのだが、ともあれ、見学開始である。
 まずは、養命酒のアレコレに関する解説映画を観る。この手の企業紹介映画は、観終わってがっかりすることが往々にしてあるものだが、意外にもかなり面白かったのであった。面白い、というよりも、興味深いという言葉のほうが正確なのだろうが、養命酒についてあまりにも知らないことが多く、そんな無知の脳みそ内にどんどんと無駄な知識が蓄積されていく。そんな快感があった。
 オレが特に驚いたのは、次の3つで、ひとつめは「養命酒は江戸時代より前からあった」こと。なんとなくうさん臭い伝承ではあるが、そういう伝承的な由来があること自体が面白いではないか。
 ふたつめは「養命酒がスピリッツではなく醸造酒で造られている」こと。オレは今までフレーバーウォッカのように蒸留酒に生薬を漬けこんで造るとばかり思っていたのだが、そりゃ江戸より昔なら醸造酒であろう。そして日本の醸造酒が日本酒だけじゃないのだなぁということに感慨を覚えるのだった。
 最後は、「この工場だけで全世界の養命酒をまかなっている」ということ。養命酒が世界中で飲まれているのはいいとして、それがすべてこの駒ヶ根から発信されているのだ。オンリーワンであるのだ。これにはかなりビックリした。日本の底力は町工場だけではなく、ここ駒ヶ根にも存在したのだ。大袈裟かな。

 さて、映画の後は、工場を見学である。もちろん生産ラインはお休み中でガランとした工場内を上部の通路から覗き込む。わずかに数名の作業員(?)が機器のチェックのようなことをしているのみで、あとはひたすら静かな場内である。もっともオレ的にはそれでも十分堪能することができた。むしろライン稼動中よりも面白かったかもしれない。けして負け惜しみではなくそう思った。まあ、一番面白かったのは場内のそこここにおいてあるゴキブリホイホイで、なるほどそういう努力が必要な工場なのだよなぁと共感を憶えたりするオレのツボがちょっとずれているのかもしれない。

d0081682_17101215.jpg さて、見学コースが終了すると、あとは自由に敷地内を散策する。工場内は木々が多く、公園といっても過言ではない自然環境なのだ。敷地内では、縄文・弥生・平安初期それぞれのの集落跡が発見されていて、その家屋が復元されているのだった。これまで古代の住居を見たことがないわけはないが、縄文から平安という時代の変遷による違いを俯瞰してみたのははじめてで、これが思いのほか面白かった。特に平安期も竪穴式住居だったというのは非常に新鮮な驚きであった。確かに平安という時代のイメージは平安京に代表されるように都市であり、個々の家についてもなんとなく板造りの今でいう和風建築的な印象がある。しかし実際のところ弥生からガラッと変わるわけもなく、また地方の集落まで(当時の)近代化が進んでいるわけもなく、つまりはここでみることのできたような住居であったことはよくよく思えば容易に導き出せる回答なのである。今まではそこまで想思いもしなかったというわけで、人生常に学びの場なのだなぁと思った次第である。

 残念だったのは、ここまで養命酒について知見を得たというのに一滴も飲むことができなかったということだ。車で訪れているのだから仕方がないのだが、試飲コーナーで、養命酒だけではなく、ここで作られているハーブスピリッツリキュール2種類をもお勧められたのには「これは新手のイジメ? 拷問?」と思わずに入られなかった。本当、車見学の悲しさを痛烈に味わった。もっとも車じゃないとこれない場所なので、元々覚悟してはいたのだけれどね。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 07:00 |  ├ 人が造りしモノ
伝説700年の寺
 光前寺は、大きな杉の木々が直立する古刹であった。山門までの石畳の両脇には立派な杉の幹が並んでいる。天頂から降り注ぐ夏の木漏れ日と蝉の声が、あまりにもわかりやすい夏寺の風景を構築しており、まずはそれだけでくらっときてしまう。
d0081682_1742766.jpg さて、ここ光前寺にはいくつかの名所名物があるのだが、そのひとつめが、ひかりごけなのだった。見物客は、皆一様に腰をかがめ、微妙に見る位置を変えながら「あれか? これか?」とひかりごけを探している。オレも負けじと参道の石垣の隙間を覗き込む。
 薄暗い奥のほうに黄緑色の苔が張りついている。これがひかりごけなのであった。ひかりごけ、といってもここのものは自家発光するタイプではなく、表層の結晶構造が外から入ってきた光を反射するタイプ。覗き込む角度と反射の角度が合うと、キラキラとエメラルド色に輝くのだ。多分、ぼんやりと燐光色に光る自家発光のようなものを想像していたせいか、正直、ここまでまぶしく明るく光るとは思わなかった。

d0081682_1744466.jpg 本堂は意外と大きくはない。そこでまず目につくのは大黒天の木像である。1メートル程の大きさの大黒様ではあるが、しかし大黒様本来の姿に近いというか京都の清水寺の大黒様のようというか、ようするに幸せを振りまきますよというような感じではなく、どことなくダークな印象で大黒様の暗黒面を表現しているんじゃないのかとつい思ってしまうのであった。それは像が黒いからきているのかもしれないが、なんとなくあの笑顔の裏になにかがありそうだ、とつい勘ぐってしまうのである。そんなことを思うオレが病んでいるんだろうけれど。
 さてそんな大黒様の隣には、待ってましたのこの寺のスーパーヒーロー、早太郎が凛々しく座っている。実は早太郎という存在は、駒ヶ根市の情報を調べるまでは知らなかったのだが、江戸時代に村の娘達を襲い続けた怪物狒々を退治し、しかしに自らも力尽きてしまったという、まさにオレ泣かせなカッコよさっぷりの霊犬なのであった。あらためて像の脇にある故事来歴を読み、そのヒーローっぷりに涙するのであった。本堂の早太郎は、かなりリアルに彫りこまれた木造であったが、ここ光前寺にはいたるところに早太郎像があり、例えば五重塔の近くには石造りの像があり、またいかにも素人造りでボロボロではあるが人々に慕われていたのだなあと思わせる木像などもあって、それらをみてまわるのは楽しかった。まあ、オレは実は犬派じゃなくて猫派なのだけれど、犬の持つヒーロー性についてはわかるなぁ。

d0081682_174593.jpg さて、￿￿￿三重塔を見ながら境内を一周する。ところで、今年(06年)は早太郎伝説700年という年(といわれてもなぁ)に当たっており、特別観覧が行なわれているのだ。もちろんその機会を逃すいわれもなく別棟におじゃまする。どうやら普段は檀家さんたちの寄り合い場所になっているのであろう小さな棟内には、特別観覧のメインとなる早太郎に関する経典の数々が展示されていた。しかし、見ておいていうのもどうかと思うが、経典を見たからといって、そういうものを見たという確認作業でしかない。来た記念になりました、ということはあってもそのもの自体にみるべき価値をオレはさほどは感じなかった。これは今回に限ったことではなく、例えば「ここがあの事件の舞台となった古戦場」みたいなことがあっても、今そこがただの街並みになっていたとしたら、それをみても感慨なんかは、ないのである。今観たものがすべてなのだ。観たものそれ自体がオレにどう提供してくれるのかが重要で、過去はその次の付録的要素なのである。つまり歴史嫌いだから、ってことなのだ。

 というわけで、特別観覧でオレがめっぽう反応したのは、もちろん仏っさん達であった。当然のような早太郎の像や、不動明王像。寝釈迦や弁財天、カッコいい脇時たち。どれもいいバランスで薄暗いお堂の中でオレを歓迎してくれている。一番素敵だったのは、壁を囲む飛天たち。飛天好きだからこれにはかなりクラッときた。
 もっとも、これらの像は古いものではなくけっこう最近に作られたものであるらしい。いかにも新しい像の姿かたちをしている。もちろんそれはそれでカッコいいし楽しいのだけれど、ただオレが一番グッとくる仏像は、やはり昔モノのほうなんだなぁ、と思うのだった。別に懐古趣味とか歴史的逸話がとかそういうことではない。現在の仏像は、造り手の腕が高すぎて、あるいは彫刻として描くという技術が発達しすぎて、あまりにも顔かたちが整いすぎていているのだ。美しいけれど普通。どこかあれっと思わせる破格感がないところが、いまひとつピンとこない理由なのだ。ほら、ミスユニバースみたいな絶世の美女よりも、貧乳とか八重歯とか背が低いとか高いとか、そういうどこかひとつ欠点(ともいえない程度の個性)があるほうが気になっちゃうみたいな感じ。違う? まあ、そういうことだ。

 もうひとつ面白かったのは、インド系仏が2体あったこと。それはもう思いきりガンダーラな感じの仏像で、像自体は観られてよかったのだけれど、さすがに何故にどんな由来で光前寺にいるのかは知りたかった。

 特別観覧の最後は煎茶のおもてなしであった。薬缶をひとつ渡されて好きなだけ休んでくださいという。あまり人も多くなく、いや正確にはオレを除けばひと家族だけが、広間でのんびりと時間を過ごしている。外の日光は地面をジリジリと焼き続けていたが、ここはいい風が抜けていくのであった。実に心地よい。
 そんな光前寺での見仏であった。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 06:00 |  ├ 人が造りしモノ
蕎麦をたぐって人心地
 昨日の夕方から決めていたとおり、昼食はそば! なのである。
 案内パンフにも出ていた光善寺門前のわりと大きい店舗の蕎麦屋に入る。蕎麦屋とはあたりはずれがあるものだったりするのだが、店構えからはそれなりの雰囲気が出ている。もっとも光善寺観光のための団体観光客の受入れもしているようで、そういう店は蕎麦に限らず往々にして大味である経験が多く若干の不安もあったが、しかしそれは絶対ではない。現在時刻は11時半過ぎ、昼食客で混みはじめる前に、というわけでのれんをくぐる。
d0081682_14261651.jpg いち推しらしい光善寺蕎麦を頼む。まだ混雑していないせいか、注文からさほど時間もかからず品が出てきた。塗りの器に盛られた蕎麦は細切り、上品な量なのかしらと思ったのだが、食べ始めてみると意外と食べでがあったのはうれしい誤算だった。つけあわせの凍豆腐がちょうどいい塩梅に出汁が染みていて美味しかった。「また会えますように」という意味をこめて、またたびの煮付けが付け合せで出てきたのが面白かったのだが、もっともこれは珍味的で絶品という味ではなかったのが、玉にきずといったところだろう。
 というわけで昼食終了。食べでがあったとはいっても、ざる一枚。多分すぐに小腹が空くに違いない。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 05:00 |  ├ 人が造りしモノ
かっぱぱーの館
 続いて訪れたのは、天竜川沿いに建てられた「おもしろかっぱ館」。名前のとおり、外見もカッパを模したミニミュージアムである。最近のカッパブーム(?)に乗って造られたのかどうか、実際のところは判らないが、額面上は伊那谷地域の自然や文化の発展のいしずえであり、シンボルでもある天竜川と、この地に伝わる民話「かっぱ」を通して、ユーモアと遊び心を持って水への関心や親しみを抱かせることを願い造られたものだそうだ。

d0081682_1424399.jpg 訪れる前の印象としては、そこはかとないチープな香りがプンプン漂っており、いったいどんなミュージアムなのかと思っていたわけだが、実際に訪れてみれば、予想どおりチープなのであった。いや、博物館としてみた場合は、である。どうやら実際には、博物館というよりは地域の公民館的な使われかたをしているようであった。
 2階構造の建物の中に4つの部屋がある。ミュージアムらしい部屋は、まずは、おそらくメインなのであろう入口脇の部屋には、河童をモチーフにしたマンガやイラストが所狭しと飾られている。特に目を引くような展示があるわけではないが、なるほどこれはいいねというちょっと気の利いた品々であった。そして階下には、河童とはあまり関係なさそうな(実はあるのだが)代々この地で薬業を営んできた地域の名士に代々伝わる品々の展示という典型的な民俗博物だ。しかしミュージアム的な部屋はこのふたつだけで終了なのであった。あとは近所の人々の交流の場なのであった。しかも専用に設えられたものではなく、単純な広めの会議室風のフローリングの部屋。隅には折りたたみ式の長机が置いてある。印象はまさに公民館なのであった。壁には、子どもが書いたらしい河童の絵が飾ってある。どうやら近所の子供たち向けのイベントで描かれたものらしい。もしかしたらこれらも常設展示なのかもしれないが、展示ではなく発表会的、地域のイベントの成果を会議室に飾ってみましたという感じなのだ。残るもうひと部屋は小さな集会室なのだが、何故か作りかけのプラモデルがおいてありどうみてもミュージアムではない。
 と、そんな感じの非常にゆるい雰囲気が館全体に漂っている博物館なのであった。それがチープさにつながっているのは確かである。しかしそのアバウトな感じはけして嫌いではないなぁ、とも思う。よくチープでキッチュな施設を茶化して楽しむことは世間的にはよくある。が、オレがそのとき思ったのはそんな斜に構えた楽しみ方ではなく、地元の人たちが河童を無理に意識せず普通に集っている場所としてのゆったりした感覚が心地よかったのだ。
 これがさらに年を経て古びてしまうと、展示部分が哀愁感に変化してしまい、観る側も辛くなるのかもしれない。だからここを観るのならば今が旬なのかもしれないな、と思うのだった。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 04:00 |  ├ 人が造りしモノ
お蚕さんの館
 駒ヶ根には農協が経営しているらしい市民向けの体験施設や公園などが集まっている「ふるさとの丘」という施設があり、その施設群のひとつに「駒ヶ根シルクミュージアム」があった。名前のとおり、シルク、すなわち養蚕と絹にまつわる諸々がテーマの博物館である。平成14年にオープンした施設で、まだ真新しさが残るこじんまりした建物には、正直なところさほどの期待もしていなかった。時間が足りなかったらパスしてもいいや、くらいに考えていたのである。
 ところが、だ。訪れてみてビックリ、なのだ。すみませんでした。侮っておりました。こんなに面白いとは思ってもみませんでした。ここは行くべき施設でありました。
 確かに施設自体は小さくてワンフロアだけを使ったミニミュージアムなのだが、基本的に鑑賞型の展示ではあるが、ジオラマティックに構成された造形や要所要所に身体を使って体感させるような工夫があって、観ていて面白く見飽きないのである。
 また、展示のジャンルも、シルクや養蚕の歴史、シルクロードの歴史、日本のシルク王についての逸話、シルク製品に関する展示、今のシルクを取り巻く状況など、「絹」というキーワードから様々な分野にアプローチし、知の楽しみを経験させてくれる。もとより養蚕は社会学的要素もあるが、なにより蚕という生き物が主役であり、故に展示も社会科学系と自然科学系が複層的に展開され、科学の子であるオレとしては、非常にワクワクさせられたのてあった。

d0081682_1421515.jpg とにかく、蚕の生物学的な展示には目を見張るものがあった。30倍の蚕の模型や幾層にも分けられた解剖模型、齢ごとの模型など、模型の充実度がすごい。判りやすくかつ説得力をもって展示されているのだ。本当に素晴らしいとしかいいようがないのだ。究めつけは生きた蚕がそのまま展示されていること。大きな竹ザルの上で、桑の葉をひたすら食べる蚕たち。真っ白な体色が美しい。養蚕がさかんな(?)地元にとっては、さほどに珍しくもないのかもしれないが、都会っ子のオレには非常に新鮮だった。もっともオレも小学生の頃は、田舎住まいだったことがあり、当然のように理科の授業では蚕を育てた経験もあって、気味悪いという気持ちはなく懐かしいなぁ、という感覚だったのだが。
 最後には繭もお持ち帰りしていいという大盤振る舞い(そのときだけかもしれないが)もあり、子どもやクラフト好きにはたまらないだろう。ちなみにオレはその後の使い道がないなと思いもらわなかった。ちょっと惜しかったかな。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 03:00 |  ├ 人が造りしモノ
ここは寺なのか・・・・・?
 続いて大蔵寺に向かう。ここにも石仏があるという。先程とは違い、入口脇の鐘堂に大蔵寺と表示が確認することができ、よし大丈夫、間違し。ではあった。ではあったのだがしかし、またもや見つからないものがあった。今度は寺のほうがないのだった。
 鐘はある。裏手には墓所もある。ここが大蔵寺であることは確かなのだ。しかし、肝心の境内や石仏といった、まさに寺が寺たる主役が見当たらないのだ。位置上から推測して本来それがあるべきであろう場所にあるのは普通の民家であり、さらにトウモロコシ畑なのである。いったい寺はどこへ行ってしまったのか? 還俗した寺なのか? あるいはここはまだ入り口でもっと奥にあるというのか? しかし周囲を簡単にまわってみるが本堂らしきものもそこに至るであろう道も見当たらない。どういうことだ。謎は謎を呼ぶばかり。結局、不思議な寺を探したという経験だけを得て、次へコマを進めるのだった。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 02:00 |  ├ 人が造りしモノ
山寺で、癒されて、
 はからずも十分すぎるほどの睡眠時間を得、明けて翌日の起床は早朝6時。しかし、二日目は市内近隣の観光を中心に考えており、またそんなにあれこれと観るべきポイントもないよなぁ、ということで当初の予定では出発時刻は9時頃を考えていた。というわけで起床から出発までの3時間は、若干、かなり持て余し気味ではあった。
 ベッドの上で、テレビなどをだらだらと観ながら、昨晩のうちに買っておいた朝食を食べ、シャワーを浴び、出発の準備を進める。それでもまだ余裕で時間は余るのは当然といえば当然。前日にかきあつめたパンフをなんとなくパラパラとめくりながら、今日のプランをもう一度考えてみることにした。
 ところが、現地で手に入れたパンフはやはり穴場的情報に強いとでもいおうか、当初こちらが想像していたよりも面白そうな場所がけっこうみつかるではないか。「今日は3か所くらい現物したらのんびり帰宅かなぁ」などと思っていたのだが、もう少しバタバタした観光になりそうな気がする。もちろんそれもまたよし。というわけで出発である。

d0081682_1416128.jpg 駒ヶ根市の寺には、江戸時代の石仏仏師の作が点在しているということである。
 仏っさんあるところにオレあり。
 というわけで、そんな寺をまずは観てまわることにした。
 ひとつめの寺は、善福寺。駒ヶ根市の真ん中を割るように流れる天竜川をはさんで中央アルプス山脈とは反対側、棚田や段々畑の連なる里山(?)の、南向きの斜面にぽつんとある山寺であった。
 この寺だが、それこそ観光客とは無縁の、生活の中にある地元の檀家さんたちとともにある寺で、派手さや豪華さとは無縁のたたずまいではあるのだが、しかし、朝の陽光のせいもあってか、来る者はけして拒まぬ雰囲気を漂わせている。なんか居心地がよい寺なのであった。

d0081682_14162718.jpg オレがここに訪れた目的はもちろん石仏だったわけだが、着いてみれば石仏よりももっと素晴らしいものが待っていたのだった。境内の裏手、山林と寺の境に小さな庭園があった。これが非常に慎ましやかで美しいのである。可愛らしい。サイズがではなく、身ぶりたたずまいがそう感じさせるのだ。オレは実のところ寺の庭園に対してはさほどの興味はない方なのだが、この庭については、ああ観られてよかったなぁ、と純粋に想うことができたのだ。それは直観であり理屈などない。そういう出会いというモノもあるのだろう。
 そしてさらに、庭園の奥には杉の森が広がっている。さらに森へと誘う山道を数十メール程度上ると、そこには小さなお堂と巨石が鎮座しているのだった。勝手に見た目で判断すると、先に巨石がありそれを奉るためにお堂ができたようである。とにかくこの巨石、かなり大きい。巨大なものが持つ圧倒感がビリビリと伝わってくる。幅でいえば4~5メートル、高さは3メートルはありそうだ。もしかしたらそんなに大きくはないかもしれないが、オレにはそのくらいの大きさに感じた。
 脇のお堂は不動堂のようだが、扉の上には天狗の面が飾ってあり、なるほどそうするとここは山岳系の聖域なのだなぁ、と思わせる。とにかく天然自然への敬意を感じる場所であった。

 そんな一見地味であるにも関わらず、かなりワクワク楽しませてくれた寺であったが、ただひとつ、いまだに気になるのは、この寺、屋号がどこにも書いておらず、果たしてオレが立ち寄ったのは本当に善通寺だったのかどうか確信が持てないことだ。もしかしたら、天狗にからかわれていたという可能性がまったくないとはいえない。
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by gdcl-nshb | 2006-08-12 01:00 |  ├ 人が造りしモノ