【南船北馬】:絶えず方々に旅行すること。昔、中国では、南部は川が多く船で、北部は陸地を馬で旅行したことからいう。そんなふうにしょっちゅう旅に出られたらどんなに楽しいことだろう…
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続いて大蔵寺に向かう。ここにも石仏があるという。先程とは違い、入口脇の鐘堂に大蔵寺と表示が確認することができ、よし大丈夫、間違し。ではあった。ではあったのだがしかし、またもや見つからないものがあった。今度は寺のほうがないのだった。
鐘はある。裏手には墓所もある。ここが大蔵寺であることは確かなのだ。しかし、肝心の境内や石仏といった、まさに寺が寺たる主役が見当たらないのだ。位置上から推測して本来それがあるべきであろう場所にあるのは普通の民家であり、さらにトウモロコシ畑なのである。いったい寺はどこへ行ってしまったのか? 還俗した寺なのか? あるいはここはまだ入り口でもっと奥にあるというのか? しかし周囲を簡単にまわってみるが本堂らしきものもそこに至るであろう道も見当たらない。どういうことだ。謎は謎を呼ぶばかり。結局、不思議な寺を探したという経験だけを得て、次へコマを進めるのだった。
by gdcl-nshb
| 2006-08-12 02:00
| ├ 人が造りしモノ
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