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南船北馬inblog

【旧:南船北馬(HTML版)はこちら】
【南船北馬】:絶えず方々に旅行すること。昔、中国では、南部は川が多く船で、北部は陸地を馬で旅行したことからいう。そんなふうにしょっちゅう旅に出られたらどんなに楽しいことだろう…
by gdcl-nshb
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カテゴリ: ├ 弘前編( 17 )

夕食としての津軽三味線
 さて、夕食である。なにを食するべきかいろいろ考えた結果、ここはやはりイベント的に楽しめるものがいいななぁと思うのであった。軽く調べてみると、郷土料理の居酒屋でしかも津軽三味線ライブがあるという居酒屋がいくつかあるらしい。あらためて詳細を検索し、これじゃん! という店「杏」に決定。さっそく店に向かう。

 とりあえず着いたものの、開店は6時だが1回目のライブ開始が7時半。今はまだ6時半前。さすがに早すぎるのでは、と逡巡してしまうのだった。そりゃ店に入って飲み始めてもいいけれど、一人飲みのつねとして1時間もあれば絶対食べすぎ飲みすぎになることは火を見るよりも明らかなのである。ここはぐっとこらえて、近所のデパートなどで土産を物色する。もちろん狙いは酒のコーナー。気分が高まるともいうし、お預けを食らわせられているともいうし、まあすべてはオレが決めたことなんだけど。

 そんなこんなで、ようやく7時ちょい前くらいまでに時間が進んだ。さすがにもういいだろうと、いざ入店。わずかな時間の差で満席になっていたらどうしようと、ふと不安がよぎったりもしたが、ひとりくらいの席ならなんとかなるか、という楽観もあり、結果、席はもちろん大丈夫だった。ただし、舞台(といっても玄関脇の土間だが)のちょうどサイド側で、演奏者の横顔しか見えないという位置だが、それはしかたがないだろう。アリーナ席的な中央の囲炉裏席は予約しないとダメのようだし、とりあえず無事入店できただけで満足である。
d0081682_15572874.jpg 開演時間までしばしご歓談。いや、ひとりだから無言で飲んでいるのだが。
 土地土地の名物は食べるべき。しかし名物がなにかイマイチ想像できない。当然、店員さんに聞きながらの注文となる。とりあえずメモに記録してきたので、列記してみよう。
 毛豆。津軽の枝豆だそうだ。確かに毛むくじゃらだった。
 〆鯖。海のもので弘前名物といっていいのかは別として自家製とのこと。美味い。
 ほどいも、アピオス、おからこんにゃくの唐揚。どれも弘前でしか出回っていない土地の食材だそうで、想像もできなかったがこれまた美味い。
 じゃっぱ汁という椀物が弘前としてはメジャーな名物料理であるそうな。確かに聞いたことがある。そして美味かった。いや、結局、なにを食べても美味しかったのだ。弘前最高である。
 肴が美味しければ酒も当然進むのである。地酒がするする喉を通りすぎていくのである。抑え気味にしつつ、ゆっくりと愉しもうと思っていたにもかかわらず、案の定、飲んだり食ったり酒池肉林状態。まったくもって自制心がない。

d0081682_155828.jpg さて、そんなこんなの30分(30分でどんだけ飲み食いしているのか!)。いよいよ、津軽三味線の宴である。おもむろに店の入口の引き戸が開き、3名の女性が入ってくる。手には三味線バッグ。おお、と店内にどよめきが起きることもなく、淡々と準備が進められる。本日の演奏者は地元津軽三味線のチームからの3名で、20代2名、10代1名(中学生大会優勝者)の編成。
 曲は定番の「津軽じょんがら節」からはじまって、「やさぶろう節」「りんご節」と続く。
 アンサンブル、ソロなどさまざまな地元の民謡楽曲が演奏されていく。流れるようなたたきつけるような、荒々しいリズムとメロディ。独奏の持つ孤高の響きに、音が加わっていく。複雑な音の重なり、うねり。津軽三味線恐るべし。
 時間にして30分程度のライブではあったが、非常に濃密で満足できる内容であった。余韻を楽しみつつ残った料理を食し、酒を飲み、そして家路に(ホテルだけど)つくのであった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 17:00 |  ├ 弘前編
夕暮ならメインイベントに
 ホテルに戻り、正式にチェックインし、身軽なはずなのに何気に増えていたみやげもの(ほとんどが手ぬぐいだ(笑)、あとりんご)を下ろし、昨晩の深夜バスと日中の自転車漕ぎでベタついた身体を、ようやくシャワーでリフレッシュし、これでひと心地がついた。
 さて、いよいよ、本日の、というか今回の旅のメインイベント「奈良美智+grafAtoZ」、その会場である吉井酒造倉庫へ向かう。

 奈良作品について思うことは、ワンアンドオンリーとまではいわないが、自分だけのモチーフ---この場合、目つきの悪い女の子と犬だが---それを「みつけてしまった」ということが強いな、ということだ。飽きられることの危険性はあれど、自分だけのモチーフとはつまり作家の個性、それをみたら「ああ誰だれの作品」と判る強力な個性であり、そのことにより他者の追随を許さない。というか、追随したら真似、エピゴーネンだからね。というわけで、その個性を全開した個展は作家の脳内を旅することを意味する。
 と、ちょっとカッコつけた云いかたをしてしまったが、今回の旅は奈良作品をまとめてかためて堪能しようというわけなのである。

d0081682_15535371.jpg 吉井酒造倉庫は、その名のとおりかつては酒造蔵。それ自体がレンガ造りならではのレトロで重厚な雰囲気である。おりしも夕暮れ時、赤茶色のレンガはより赤く燃えるようであった。そんなたたずまいの倉庫の壁一面に奈良美智おなじみのキャラクターの巨大なバナーがぶらさがり、アンマッチな空間を作り上げていて、逆にそれがアート空間という非日常的場所であることを納得させる。

 外側からではさほど大きな倉庫とは見えなかったが、中に入ると思いのほか広い空間である。そこに無数の(いや、AからZまでだから26だが)小屋があり、さまざまな観せかたで奈良作品を体験していく。それは「観る」というよりは「体験/探検」といったほうがよいだろう。観せかた自体も観る者自身も、作品でありイベントでありインスタレーションであり、つまりは現代アートのひとつのありようなのだ。

 しかし。その物量たるや、とんでもない量で、駆け足で観たとしても1時間、じっくり観るつもりになれば半日、いや一日あっても足りないかもしれない。オレ自身はせっかちなので2時間くらいだった。それでもやや駆け足だったかなぁ、と思ったので、実際には半日かけるくらいがちょうどいいくらいだろうか。いずにせよ、本当に膨大な作品群を一気に身体に詰め込まれたという印象であった。充実していたともいえるし、お腹一杯でもう食べられませんという気分も正直あった。
 おそらく、今後、奈良品を個展で、と考えた場合は、キャパシティの違いはあれど、これ以上の作品的密度は求められてしまうだろうし、そうでなければやる意味もないように思う。現時点での集大成であるといっても過言ではないだろう。本人もしばらくは個展はしないと語っているときく。確かにそうなるだろうな、と実感するばかりである。

 もうひとつの感想は、展示そのものとは離れるが、訪れている観覧客の多さについてであった。単に来場者が多いというだけではなく、客層が小さい子どもからお年を召した方まで実に幅広いのである。
 自分がいた時間だけの感想なので実体とは違うのかもしれないが、しかしオレが勝手に思う奈良作品のメインターゲットであろう若いアート好き女性だけではない。もちろんそういう感じの人達が一番多かったし、しかもどうやら全国津々浦々から集まってきているらしいが、それだけではなく本当に近所の親子が小さな子どもをつれて、とか、お彼岸で田舎に帰ってきているついでに家族で、とか、そんな感じ。コアな奈良好きの奈良ず者ばかりではなく、普通に日常生活の余暇として美術を観に来ている。そんな普段と地続きで美術と向き合っている状況もあるんだなぁということが驚きであった。そして実にいいなぁと思うし、ちょっと羨ましいなとも思うのだった。

d0081682_15542476.jpg 観終わって外に出ると日没。陽が西の山に沈んだばかりで、茜と群青の入り混じった空であった。一日が終わった達成感と寂寥感を感じつつ、会場を後にする。ときれいにまとめたかったが、物欲王としてはそのまま帰るわけにはいかない。土産もの売場でまたまた時間を使うのであった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 16:00 |  ├ 弘前編
熊野奥照神社でネ申に出会う
d0081682_1550938.jpg 返す刀(七枝刀?)で、もうひとつの神社、熊野奥照神社をお参りする。なんの理由か、大きなガマガエルの像が奉られていたりするが、B級(?)オモシロスポット的な神社ではなく、至極真っ当な神社である。先ほどに続き、観光客とは無縁ののんびりとした神社で、おばちゃんが掃き掃除をしている。傾きだした陽光も軟らかく、居心地のいい感じのする場所であった。
 参道に3匹の猫が日向ぼっこをしていた。これが全然人を怖がらないのだ。近寄っても逃げもしないし、むしろ積極的に近寄ってくる。なれなれしいというか、人懐こいというか、ともあれ猫好きでなくとも、これはタマラナイはずだ。というわけで、しばし猫と戯れる。癒されるオレであった。

d0081682_1550345.jpg 目先の愉しみにつられて、神様への挨拶が後おくりになってしまった。すまぬすまぬと、社に行くと、一般的な神社とはちょっとだけ違うような感じを受けた。よく観ると、社に下がる鐘のヒモが3本なのだった。確かに大きな神社ならばそういうこともあるだろうが、ここ奥照神社くらいの規模にはちょっと多すぎるような。となればなんらかの理由があるはずで、例えば、奉られている神様が3人さんいるとか。
d0081682_1551256.jpg などと、勝手な推測をしながらお参りする。そこではっと気づくのだった。実は先の猫は神様の化身では? なにか強い視線を背中に感じ、振り返ると先の三匹の猫達は逃げも隠れもせず先ほどと同じ場所で、グデレ~ンとだらけたり、毛づくろいをしながらも、しかしオレのことを観ているのだった。そうか、なるほどなるほど、やっぱりね。そういうことなのね。
 半分冗談半分本気で勝手に納得しながら、お参りを終え、神社を後にするのだった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 15:00 |  ├ 弘前編
全国の八幡宮は地下でつながっているというウソ
 時刻も3時をまわり、というよりは4時に近くなり、季節はまだ9月ではあったが、さすがは北東北、東の国である。陽が落ちるのが早い。照らす光が橙色に近く、夕方の雰囲気を醸し出しはじめていた。というわけで、自転車観光のフィニッシュは近い。
 ホテルにもどる途中(といいつつちょっと寄り道ぎみの)の場所にある、2つの神社にお邪魔する。
d0081682_15481137.jpg ひとつめは、弘前八幡宮。時間が時間だけに、なのか、はたまた普段からなのかは、判らないが(多分後者のような気もするが)ひと気のないんじ神社ではあるが、八幡宮の名を持つとおり、弘前の神社の中心なのだった。確かにそこそこ広く、例えば七五三とか年始とかの時期にはあるであろう人混みを想像することはできる場所だった。
 軽くお参りする。
 寺と違って神社はちょっと怖い。オレは、昔は神社のほうが好きだったのだけれど、今は何故か寺のほうが気安い雰囲気を感じている。寺は、なにやってもまあよきかなと云って許されそうだが、神社だと頑固爺よろしく、こっぴどく怒られそうな感じがあるのだ。誰が? それは仏様と神様だ。まあ、気分の問題だろう。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 14:00 |  ├ 弘前編
街並み保存地区といいつつ
 ねぷた村の近所一帯は昔ながらの街の姿が保存されているのだという。その名もまんま「街並み保存地区」。というわけで、とりあえず一周とばかり、ぐるり駆け足で(自転車だから)まわる。
 正直なところ、弘前という明治期の洋館を抱える町から想像される、例えば金沢のような典型的な昔の街並みではない。一応、侍町の風情を残す街並みということになっているが、観光地区的に残されたというほど、厳格な保存がされたいたわけではないようで、オレの目線からは、ごく普通の生垣や瓦屋根の家といった昭和の空気感漂う田舎の住宅街であった。もっとも、そんな街並みは、実はすでに今現在の日本にはない、原風景的街並みであり、近代としての歴史としての街であるといっても間違いではないのだ。ただ、オレ自身記憶の中にリアルに残っている風景であり、自らが観たことのない日本の古い街並みという異国の風景ではない。古都の街並みとはつまり時間によって隔てられた異国であり、(時間的にも空間的にも)自分にあまりに近しい街は、観光の対象にはならないのではないだろうか。
 ただ少なくとも、ほっとするひっとする空間であることは確かだ。それはそれで必要なのだとも思う。
d0081682_15453016.jpg そんな街並みの中に、これは本物の(?)旧家がいくつか残っており、観覧自由の家として管理されている。3つほどあるらしいのだが、オレが観たのはそのうちのふたつ、旧伊東家、旧梅田家である。そこは、黒光りする大黒柱を持つ、いかにも昔の「家」であった。オレの祖父母の家がこんな感じだったので、それなりに郷愁はある。もっとも日本人なら誰でも、経験や体験がなくても、懐かしく感じるかもしれない。それはメディアによって刷り込まれた記憶なのかもしれないし、ユング曰くの共記憶の為せる技なのかもしれない。
 と、振り返れば色々と妄想を膨らますこともできるわけだが、そんなことはそのときは考えもせず、「古い家っていいなぁ」と単純にお宅訪問気分を堪能していただけであった。それは「入るときには一声かけて」と玄関に書いてあり、実際に、屋内では管理人のおばちゃんが炬燵に入って待っているという、ヒト様の家にお邪魔した感覚が溢れていたせいであろう。
 そんな状況下、物見遊山の観光客としては、若干、いやかなりいたたまれなくなり、早々においとますることとなってしまったのだが。

d0081682_1546121.jpg もうひとつ、これまた昔から商売している店があり、ここが観光ポイントとなっているそうだ。実は街並み保存地区に入って一番はじめに目についてのだが、その店は酒屋。なので「お。いい感じの酒屋あるじゃん」とだけ思ったのだった。結局、観光よりも酒か、オレは。
 いや、店構えがグッときたからこそ、店に注目したわけで、その意味においては、観光目線だよ、とひとりで云い訳をしたりもする。別にどっちでもいいのだけれど。
 で、あらためて店内へ。店の奥には有料の資料館が設けられていたのだが、(例によって)あまり興味がわかなかったので、本当に酒の物色だけ行う。いくつかこれはどうかな、と思う酒もあったのだが、そのときは何分にも自転車でめぐっているところであり、籠にあまり重い荷物を入れて、漕ぐのがつらくなるのも嫌だなぁ、という軟弱な意識が働いたのと、冷蔵保存していない酒を買うというのがちょっとリスキーだったので、結局何も買わずに終わった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 13:00 |  ├ 弘前編
ねぷた村でねぷたを独学す
 公園のすぐ近く、道路を挟んでお隣には、津軽藩ねぷた村なる体験型(?)観光施設がある。大型バスが何台も停まることのできるスペースを持ち(これは弘前城観光用込みで、なのかもしれないが)、弘前土産の店がいくつも軒を連ねている。団体客御用達というか、団体客をあからさまにロックオン的な、そんな感じの観光施設である。もちろん土産物だけならオレとしては寄る必要もないのだが、それだけではなくミュージアム的施設も併設されている、というか、それがメインなのであった。具体的には、ねぷたの実物の展示あり、津軽三味線実演あり、郷土の遊び、工芸の公開製作等々、体験型観光施設である。
 正直云って、入ろうかどうしようか迷うところではあったが、まあ、せっかくここまで来ておいてそのまま立ち去るのもどうかと思い、入館する。
d0081682_15412785.jpg いきなりねぷたの山車がお出迎えである。高天井の大きな倉庫のような会場に、数台のねぷたが置いてある。これは迫力がある。また、祭囃子の太鼓を叩かせてもらえる体験もできる。これは時間を決めて行っているようで、オレが入ったときは、ちょうど前の回の観光客がドンドンとリズムを刻んでいた。細長い棒といったほうがよいようなバチで太鼓を叩けば、低振動が場内に響き渡る。下っ腹にズンとくる。スタッフの兄さんは「胎教にいいよ」と笑っていたが、あながち出鱈目でもないかもしれない。叩きモノはこんな直接体感できるのがいいなぁ、と思いながらながめるオレであった。

 そんな観光客ご一行は、観光バスで来たらしく次の時間が迫っているのか、あまりじっくり観ることができないと云い、裏動線でそそくさと移動していった。あっという間にひとりぼっちにさせられてしまうオレ。まあ、元々一人旅だし放し飼い上等だし別に問題はない。というわけで、ねぷたの山車や絵師のパネル展示、模型などをじっくり落ち着いてみることができてかえってラッキーであった。
d0081682_15415998.jpg 展示棟を移ると(?)そこには、ねぷたの歴史のコーナーとなっていた。おどろおどろしい生首のねぷたなどがあったことに対して、往時の庶民のメンタリティに面白味を感じたり、金魚ちょうちんに味わい深いものを感じたりする。和風テイスト好き、風流好き、伝統モノ好き、というオレのリビドーに訴えかけてくる。

 続くは、漆塗りや木工などの郷土工芸の公開実演製作(たぶん販売も)である。ただしここはさらっと流し観程度に押さえることとした。その訳は、時間がない。というよりは興味がないに近い。もちろん工芸品が嫌いなのではない。作っているのを漫然と観るだけなのに興味がわかないだけなのだ。それなりにきちんと観れば見ごたえもあるのかもしれないが、如何せん時間がかかる作業を観続ける根気がオレにはない。それに観るよりは作るほうが好きなのだ。どうにもひねくれているなぁ。

 次は、津軽三味線の実演である。さほど広くない、舞台というにはあまりにも狭い小あがりのような舞台で、若い青年とおばちゃんのペアによる演奏がちょうど行なわれていた。当然観客も多い。さすがにこれは聴くべきだなと、すみによって拝聴することとなる。だが、演奏はちょうどクライマックス、聴きはじめて2分程度でショーは終わってしまったのだった。次回の公演時刻は30分後だそうだが、そこまで待ち続けることはオレには無理だ。いや、待ってもいいのだけれど、そうすると4時をまわってしまう。これからまわりたい場所がないわけでもないし、というか、今回の旅の本当の目的をオレはまだ果たしていないのだ。それじゃダメじゃん。というわけで、ここはパスすることにした。その分、夜に期待するのだ。

 最後の棟は、遊び独楽の実演。スルーしようとすると、お兄さんに無理やり呼び止められ、「これだけでも観ていってくれ」と、ひょうたん型の独楽を見学させられる。まわしてしばらくすると、独楽が勝手に分解し、いくつもの小さい独楽が飛び出してくるからくりは、確かに面白かった。しかし、無理にみせられてもなぁ、と内心思ったことも事実である。多分、インストラクターのお兄さんも、あまりにもギャラリーがいないことに持て余してしまっていたところにたまたまカモが、つまりオレが通りかかったので、強引につかまえたということなのだろう。オレだって、時間にそれなりに余裕があれば観ないでもないのだ。しかしそのときは、本当にあっさりとその場を離れてしまったのだった。で、ちょっと悪いことをしてしまったかなぁ、とも思う。次に来る機会があって、そのときに時間に余裕があったなら、ぜひ独楽の世界に浸らせてもらうとしよう。

 そんなこんなの駆け足見物正味30分程度。トータルとして思い返せば内容はけっこう充実している施設だと思う。もっと時間をかけて観てもよかったかもしれない。と、土産物屋で買ったりんごジュースを飲みながら思うのだった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 12:00 |  ├ 弘前編
博物館そして弘前城
 続いては、いよいよ(?)弘前城址である。城址は日本全国、多くの城址がそうであるように公園として残されており、その名もずばり、弘前公園である。で、公園内には城址施設だけではなく、これまたよくあるとおり、ミュージアム系施設があったりする。というわけで、とりあえず向かうは、弘前市立博物館というわけだ。
d0081682_15371178.jpg 博物館としては小規模である。展示についても、地元津軽藩の武士にまつわる展示であり、先の長勝寺でいろいろと吹きこまれているせいで多少は楽しめたものの、基本的に歴史嫌いなオレである。そうそうじっくりみてまわるとまではいかなかった。博物館の隣に建てられた音楽ホールでは、中学生吹奏楽部(?)のコンクールが開催中で、建物のまわりのそこここで、プーカプーカと練習しており、心地よい騒々しさであった。そのせいで博物館の中のひと気のなさからくる静けさが逆に強調されてしまい、あまり長居する気にもならなかったということもあったのだろう。博物館についてはさらっと観てまわり、終了となった。

d0081682_15375263.jpg さて、いよいよ弘前城だ。とはいうものの、城自体はないに等しく、天守閣があるのみである。天守閣があれば立派に城だといってもいいのかもしれないが、ここの天守閣は少々異質で、本丸の敷地の真ん中に位置するのではなく、隅にポツンと建っているのだ。それもそのはず、元の天守閣は落雷で消失してしまい(といいつつ本丸西南隅にあったそうで結局中央にそびえたつということではなかったようだが)、諸般の都合で再建することができず、隅櫓を改築したものだそうだ。ともあれ、いままで観たことのない有様であることは確かで、そこについては、面白かった。
 もっとも城に関する感想はそんな程度である。オレは城好きなのだが、それは建物として魅力を感じているのであり、城の持つ歴史物語的なオプションについては、実際のところどうでもいいのだった。だから例えば城址であったり記念碑だったりという、そのもの自体ではなく、「そこでそういうことがあった」というような歴史の確認作業のみの装置については、正直惹かれないのだ。だから本丸城址といわれても、広い空間、庭園としての愉しみ面白みは感じてもそれ以上でも以下でもない。
 弘前城に関していえば上述の天守閣や、城址のどこにどんな部屋が展開されていたのかについての展示については割と愉しむことができたのだが、それはそれが城という「構造」を想像させることだできるからだ。

d0081682_15382034.jpg と、ひねくれたことを考えながら、城址公園を歩きまわる。公園からは、お堀端の桜並木を見下ろすことができる。弘前の桜は名所中の名所、旅雑誌でも旅広告でも春には必ず取りあげられるのは周知の事実である。だから、よほどもの凄いんだろうなぁ、と勝手に思っていたのだが、今回上から見る限りではそんなに広範囲に広がっているようでもなく、思ったよりもコンパクトなんだなぁ、やっぱり写真マジックなのかなぁ、と別の意味での驚きはあった。
 もっとも桜の咲いている時期ではないことは重々承知しており、そんな時期はずれでの勝手な推測は桜とってには酷な話なのかもしれない。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 11:00 |  ├ 弘前編
寺銀座再び。そしてフランクな案内
 午後は、再び寺見物からスタートである。
 長勝寺は。弘前でもっとも大きい寺で、門前の参道、禅林街の両脇には三十三の寺が軒を連ねている。まさに銀座。午前中に行った新寺町は片側だけだったので(本当はそうではないのだけれど、受けた感覚としてはそうだった)、単純計算で倍。倍だからどうだという話ではあるが、ロケーション的に右も左も寺てらテラというのは、それなりにインパクトがあるのだ。

d0081682_1530527.jpg そんな寺通り(寺自体周辺一体に散在しているので明確な境があるわけでもないのだが)に突入する手前にも、見どころはあり、そのひとつが栄螺堂。螺旋状の一本通路で階上に登る特徴あるお堂である。オレは会津若松のそれで中に入ったことがあるが、遊園地みたいでやたらにユニークだったなぁという記憶がある。さて、弘前の栄螺堂だ。天保10年に豪商中田嘉兵衛が寄進したそれは八角形、朱色(?)で小ぶりのお堂であった。通り沿いに普通に、あたりまえに、建っていて観光スポット的なデコレーションなどはない。だから人出はそこそこあるのにお堂に注目しているのはオレだけだった。もしかしたらいたのかもしれないが、この堂は中に入る事はできないので、人が集るような感じではないということなのかもしれない。しかし建物としての面白さはあって、オレ自身としてはけっこう満足ではあった。
d0081682_1530791.jpg 栄螺堂のそばには禅林街への境界線的な門がある。それなりに広い道路だから門自体もそれなりに威風堂々といってもいいだろう。色は漆黒で、通り名はそのままズバリ黒門。これまた誰もが普通にくぐりぬけているのだけれど、けっこう見どころだ。この門のすこし手前には隣筋へ抜ける脇道がありそこにもやや小さい門があり、こちらの名はは赤門。もちろん色もその名のとおり。ともあれ、弘前は寺社仏閣に関係する木造建築が本当に街中に溶けこんでいるのだなぁと思うのであった。

 黒門をくぐると長勝寺までは一直線。軽い坂道となっている一本道の参道を、オレは自転車で疾走する。寺に着くと、他の寺とは違い、あまり人気が少ない。この寺は津軽藩の菩提寺であり、市井の人々のお彼岸のご先祖様へのお参りと無縁だからなのだろうか。推測の域を出ないわけだが、ともあれ、ひと気が少ない分、逆に第一寺ならではの雰囲気を醸し出しているように思う。
d0081682_15313159.jpg 誰に見咎められるわけでもないので寺内を自由に見てまわる。まあ別に悪さをしようと思っているわけではなくても、人目がないと心も自由度が増すというわけだ。
 本堂は大改修中で、中に入れなかったのは残念だが、脇の小堂は開きっ放しで、気軽にお邪魔し、中に林立する羅漢達をそれこそためつすがめつガン観する。さらに寺内を奥に進むと津軽藩主のお歴々の廟があるのだが、そこは至る道には鉄網があり閉じられていた。さすがにそこまで自由に観てまわることはダメなのだなと思い、わきを見ると「拝観料300円」と書いてある。なるほど、そういうことかと社務所へ行き、声をかけ拝観をお願いする。
 と、一瞬、?的な表情をされ、そしていいですよという返事。しばらく待つとお坊さんが出てきて、案内してくれることになった。
 なぜそういうリアクションになったのかというと、
 坊さん曰く、拝観料といってはいるが、寺内はどこでも自由に観ることができる状態になっており、本堂もたまたま改修中なので立ち入りできないようにしているが、修理していなければ本当に自由に入ることができる。先にオレ一人で観ていた五百羅漢達のお堂も、実は普段ならば羅漢だけではなく中央に据えられた厨子もご開帳状態なのだそうだ。厨子の中には阿弥陀三尊像が控えているのだけれど、現在ちょうど秋田の博物館に出張中で空っぽだから閉めているだけということだ。オレとしては三尊に会えなかったのは少々寂しかったことは確かだが、厨子自体美しくその扉を観ることができたことを思えば、これはこれでよかったのかなとも思う。
 そんなかなり古くかつ美しい(であろう)仏像でもあるにもかかわらず、本当に自由で気楽に置いてある。「平気なんですか?」とたずねると、そういう質問はやはり多いらしい。しかし、地元の感覚としては、「いつも普通にそこにあるものなので、別に隠すようなものでもないなぁ、という感じなんですけれどね」ということだそうだ。
 そんな感じのフランクな寺だから、もちろん奥の廟についても、別にクローズドにするつもりなどなく、普段ならば自由に入ることができる。本堂の改修工事中で資材などが散乱していて危険だから、案内役と一緒に入るようにしているわけだそうだ。たぶん、一人で中に入ることも、いいとは云わなかったけれども自己責任の範囲内で黙認されるかもしれない。
「つまり拝観料というよりは、案内料なんですね」と、坊さんは云った。確かに、かなり面白可笑しくかつ率直素朴な、長勝寺や津軽の話を聞くことができたのだった。それはとても面白かった。
 例えば、この寺には津軽藩主や奥方の墓がある理由や、それにまつわる伝説。そして、5代目からの墓が廟ではなく、石塔になってしまっている理由などは歴史裏話的で面白かった。特に一代目為信、二代目信枚は名君だったが三代目信義がダメで、四代目信政がまた名君だったなどの、人物評を交えての語りは、歴史に興味がない俺でもふんふんと聞いてしまう。そもそも三代目までは元々この寺に墓があったが、四代目は何を考えたか宗旨変えして墓も報恩寺に作られたのだが、後世になってやはり一ヶ所に(つまり長勝寺に)集められたのだそうだ。
 また、この寺のそもそもの建立由来は、山を切り崩して更地にしてできたものであり、それは本当は弘前城をつくるためだったのだけれども、徳川幕府からダメ出しをもらって建てることができず今の場所に建てられたはいいが、城の背後ががら空きとなってしまう。その守りのために、じゃあってんで、今の場所に移築された。さらに周辺に点在していた寺も無理やり(!)集めて寺群としてしまった。そのために今のような密集地となった、というもの実に面白い話であった。
(ガイドによると、二代目藩主信枚が、領内を宗教的にも統一しようと、津軽一円から主要な曹洞宗の寺院を集めてできた、とされている。オレは宗教的な理由というよりは城防御の意味合いのほうが強いというのが正しいのではないか、と思うな)
d0081682_15322320.jpg オレが一番面白いと思った話は、やはり仏像がらみのネタで、この寺には立派な三門があるのだが、その中に薬師十六羅漢が安置されているのだそうだ。これまた別に自由に観ることができたのだけれど、三門自体が痛んできてしまって登ることが危険になってしまい、結果羅漢がなんちゃって秘仏になってしまったのだそうだ。秘仏にもいろいろあるけれど、信仰的な意味ではなく、仏像自体の痛みでもなく、建物に左右されてしまっているというのが面白い話だった。しかし観たかったなぁと思うばかりである。
 仏像である。そうだったのだ。寺を巡っているのは歴史探訪ではなく、仏像にあうためだった。本堂にいるべきご本尊だが、改修中の現在は、別室、社務所のほうに仮住まいしているのだった。もちろん案内してもらうことができた。この寺の本尊も文殊だった。1メートル余のわりと大きめの文殊菩薩は端整な美しさであった。本来は薄暗い本堂にいるのだけれど、今は明るい別宅である。もうかぶりつきでガン観することができた。もっとも坊さんと一緒なので、あちこち角度を変えて舐めまわすまではできず正座して正面からの対話的対面。残念といえば残念。しかしたまにはこういう出会いもいい。

 ところで、オレが坊さんに案内されて歴代城主の墓に向かうとき、ちゃっかり勝手に同行してきた親父がいた。なんだよ、タダ乗りか? と思いつつ、坊さんも特になにもいわかなったので(上述のようにゆるい感じだったので別に咎めるもなにもないだけのことだったわけだが)、オレも特になにもいわなかったのだが、オレが帰る段になって、三門で旧に話しかけてきたのだった。「寺が好きなのか」「どこから来たのか」「どのくらいまわったのか」等など。単なる話好きの親父だったわけだが、普通そこまで馴れ馴れしく話しかけられることがないので少々面食らってしまった。まあ、それだけのことである。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 10:00 |  ├ 弘前編
りんごづくしランチ
 昼食の時間である。
 朝から今日の昼食はなんとなく、りんご料理でもあれば話のネタとしても、料理のレシピとしても面白かろうなぁ。と思っており。そして、あるならおそらくここ、りんご園だろうなぁ。と思っており。というわけで、レストランにりんご料理のメニューがあったのは、まさに「してやったり」なのであった。
 いくつかのメニューの中には、もちろんりんごカレーもあったが、りんごとカレー(とハチミツも)は、あまりにも普通。いや本当は普通じゃないのかもしれないが、現代に生きる日本人としては、普通にDNAに刻まれているはずだ。だから、カレーはカンゲキー、というほどでもない。もっと意表をついたメニューをオレは食べたいのだ。
 というわけで、選んだのは、リンゴカツ定食。名が示すとおり、りんごを豚肉に挟んで揚げたカツである。ロース肉とひれ肉を選べるけっこうこだわりのメニューでオレ好み。それだけではまだインパクトに欠けるので、ライスをリンゴライスに変えてもらう。リンゴライスというものがあったのだ。これも名前のままで、りんごと椎茸の炊き込みご飯である。一瞬、「!?」とは思うが、しかしマストトライの一品だろう。
 あわせてりんご地ビールを頼もうと思ったのだが、あいにくと品切れ中で、これはちょっと残念。
d0081682_15235540.jpg さて、食す。カツは思った以上に普通に美味しく、云い換えるとりんごがあまり主張していないのが少々残念だった。むしろリンゴドレッシングとリンゴ入りとんかつソースというフレーバーのほうに軍配が上がったと思う。
 リンゴライスは一口食べた瞬間、りんごの酸味が広がって、なるほどこれはりんご料理だと実感することができ、楽しむことができた。いずれにせよ、とことんりんごづくしの昼食となったのだった。

 さて、さらにデザートもリンゴタルトなどのケーキものでも食べるべきか? 思っていたのだが、メインディッシュでけっこう腹がいっぱいになっていた。そして、りんご園に来たら当然りんご狩り、しかる後に、りんご丸かじりという一連の流れは必須なのである。そのための胃袋に余裕を用意しておく必要もあるのだ。というわけで、デザートは、小細工なしのもぎたてりんごだ。
 というわけで、りんご狩りに向かう。
 りんご畑には多くのりんごがなってはいたが、ここしばらく多くの人が訪れたおかげで、残りが少なくなってきており、ひとり4つまで。と制限されていた。もっともひとりで4つも一気に食べるなんてことはできないだろうし、4つで200円(正しくは1キロ200円だが、概ね、4つで1キロくらいだという)という良心価格。十分でしょう。
d0081682_15251635.jpg 案内のお兄さんにべったりつき添われ、美味しいりんごのアドバイスを受けながら、厳選した4つ。本当は食後のデザートとして、その場で1個くらいは食べようと思っていたのだけれど、なんとなく食べそびれてしまい、持ち帰ることとなった。結局、夜食に1個。そして残る3つは帰宅して、のんびりと味わうのであった。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 09:00 |  ├ 弘前編
りんごについて学んでみよう
d0081682_15201948.jpg 好物も過ぎれば飽きるもの。故に愛情を長持ちさせる秘訣は適度な距離感なのだ。ちょっと寺ばかりをまわりすぎているんじゃないか? そう飛ばしていては気持ちが萎えちゃうんじゃないか? ここでひとつ休憩をいれてはどうなのよ。と、訳の判らないことを考えならがら自転車は疾走する。なんのことはない、次の物見遊山ポイントが寺じゃないことについて、云い訳をしているわけだが、しかし別に一人旅なのだから誰はばかることなく行けばいいのだ。要するにはしゃいでいるだけなのだ。
 さて、そんなわけでジャンルを替えて次に向かうのは、弘前の名物。りんご。弘前市りんご公園である。

 自転車で20分程西に進む。それまでの街並みがいつの間にか変化しており、周囲はりんごの果樹園が現れはじめていた。時期的に赤く色づきはじめている、まさに食べごろのりんごが実っている。そんな情景を見せられてしまってはいやがおうにも気持ちは高まらざるを得まい。
 と、テンションは上がりつつも、しかし心と身体が裏腹な昨今、微妙に自転車を漕ぎつかれてきはじめており「確かに青空の下で、自転車は気持ちいいけどさ。早くつかねぇかなぁ」と内心ぼやきだしたというのが正直なところだったりもする。

d0081682_15192668.jpg そんな拮抗する気持ちのマイナス面が優勢になるかならないかのちょうどいいタイミングで、公園に到着する。目の前にりんごの果樹林が広がっていた。りんご公園は、公園というよりもまさにりんご畑で、様々な種類のりんごを狩ったり買ったりすることができる。もちろんそれだけではなく、小高い丘の上の展望台からは遠く津軽富士を堪能できたり、ミニミュージアムではりんごの知っているようで知らない知識を学ぶことも出来たり、とそんな場所であった。
 
d0081682_15194451.jpg 晴天の下ではあるが、まずはミニミュージアムでお勉強だ。一部屋だけのささやかなミュージアムではあるが、そこには本場ならではの(?)りんごの情報が満載なのであった。りんごの品種の説明はもちろんのこと、りんごの歴史なども実に的確かつ簡単に学ぶことができて、楽しかった。
 そんな中でもっとも面白かったのはりんごの効能の説明である。健康にいいとか、そういった普通の効能はもともと知っているような内容であり、そうだよねぇ、という追確認程度の関心しかない。しかし、ここの解説はもっと具体的なのだった。
曰く「リンゴ酢で加齢臭が退治できる」
曰く「リンゴ繊維でワキガ臭が退治できる」
なんとピンポイントな効能であろう。なんとオヤジ感涙の効能であろう。素晴らしい。今、まさに重要。これはりんごは食べなければいかんなぁ、と決意も新たにするのであった。

d0081682_1520164.jpg 続いては外に出て、果樹農家の家を移築したらしい茅葺屋根の施設を見物に行く。後方に広がるりんご畑を借景し、いかにも雰囲気のある古民家の中では、ちょうど語り部の話会の時間であった。ふたりの近所の(?)年の行ったオバチャンたちが、ボランティアなのか仕事なのかは判らないが訪れた客に民話を聞かせてくれるというものだ。せっかくなので聞かせていただくこととする。
 その日のオーディエンスは子どもが多かったせいで(地域の高校生がボランティアで小学生たちを遠足に連れてきていたのだ)、子供向けの話をふたつするよ、ということになった。
 ひとつは老夫婦の家に一晩の宿を借りた侍の恐怖の一夜「はんごろし」の話。もうひとつは、少女の最後が哀しい「赤い櫛」という雪女の話。どちらも紙芝居を使いながらの話で少年少女たちは騒がしいながらにも楽しんでいたようだった。オレとしては話の最後につける「とっつぱれ」というおわりの言葉が面白かった。
 そしてそのあと、今度は大人向けにということで、おしゅうの金儲けと母子の情愛の「般若面」の話を聴く。
 いずれにせよ、話し慣れているのだろう、聞かせどころのツボが判っているとでもいうべきであろうか、大人でもけっこう楽しめたのだった。民話の持つ、楽しさ、哀しさなどが、伝わった。などと書くと、カッコいいのだろうが、ようは単純に「おもしれーなー」と聞き入っていただけだったとさ。とっつぱれ。
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by gdcl-nshb | 2006-09-21 08:00 |  ├ 弘前編